2015年06月01日

即身仏を拝観しに行こう

2014年10月1日読売新聞夕刊に即身仏のことが紹介されていました。
観光としての紹介ではないけれど、山形観光の時には行ってみたい気もしたので書いておきます。
2015年6月3日22時NHKの『歴史秘話ヒストリア』でも放送されます。


【即身仏とは】
行者が絶食し、ミイラ状態の仏になったもの。
全国で現存するのは20体以上。

【観光】
即身仏の発祥地は山形県の湯殿山(標高1500m)。
山形県には6寺に7体の即身仏があり拝観できる。

海向寺(かいこうじ):山形県酒田市 全国で唯一、即身仏が2体ある。
柿渋とにかわを塗った防腐措置により、顔と手が黒く光沢がある。
悩める若者がよく来て、語りかける姿もあるそう。

<忠海上人>1755年に58歳で土中入定(にゅうじょう)
  ※入定(にゅうじょう)とは修行の最後に石室に入ること)
<円明海上人>1822年に55歳で土中入定
ウィキペディア


南岳寺:山形県鶴岡市
<鉄竜海上人>1868年(明治元年)62歳で入定。
明治維新後、即身仏作りが自殺ほう助や墓荒らしとみなされる懸念が出てきて改ざんしたとか。
徳川将軍家祈祷寺

大日坊滝水寺:山形県鶴岡市
<真如海上人>1783年に最高齢の96歳で入定。
遠藤宥覚 貫主(えんどうゆうがく かんす)によると、日本初の即身仏は初代貫主の渡海上人。
僧が極楽浄土を目指し、紀伊半島の熊野などから扉の無い船で海に出る補陀落渡海(ふだらくとかい)という荒行が平安時代に流行った。
渡海上人はそれに失敗し、失意の中訪れた湯殿山で空海に密教を授けられ、この行(即身仏)を考えついたとのこと。(江戸時代に広く普及)

蔵高院:山形県白鷹町
<光明海上人>入定後124年の調査で発見されたため、骨も皮も失われた骸骨。
修行中に絶命し埋葬されたと思われる。
そのため掘り出されるべき時に掘り出されなかったのだろう。


注連寺:山形県
<鉄門海上人>1829年に入定。
昭和初期に盗まれ、後に京都で発見された。
(記事ではここだけ掛け軸の写真だった)

本明寺:山形県
<本明海上人>湯殿山系最古の1683年に入定。
日本の即身仏・ミイラをめぐる旅


ではどんなふうにして即身仏になるのか?
続きは次で。→「即身仏になるまで

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ラベル:観光 雑学
posted by なる3 at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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